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札幌地方裁判所 昭和33年(む)24号 判決

被疑者 横山春雄

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する傷害ならびに暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被疑事件について、札幌地方裁判所裁判官岡田潤がなした勾留の裁判に対し弁護人山中日露史、同藤本正、同渡辺正雄から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立を棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨および理由は、弁護人山中日露史外二名の準抗告申立書記載のとおりであるからこれをここに引用する。

そこで、勾留関係記録および捜査記録等の資料を調査検討して弁護人等の主張に対し順次当裁判所の判断を示すことにする。

まず勾留の理由ならびに必要の有無についてであるが、本件勾留状には「法第六十条第一項各号に定める事項」なる欄に「二号」と記載されているのみであるから、本件勾留の裁判は刑事訴訟法第六十条第一項第二号に該当する事由即ち被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと認めてなされたものであつて、被疑者が定まつた住居を有せず、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるということは勾留の理由とされていないことは明かである。したがつて、被疑者が一定の居所を有し、逃亡する虞れはないから勾留すべき理由がないとの弁護人等の主張は全く理由にならないものである。しかして、本件勾留状に記載されている被疑事実の要旨は、被疑者は昭和三十三年八月十四日午前十時頃、苫小牧市王子正門前通り路上において、中島清忠、佐渡政利、島田繁雄と問答の末、同所に居合せた王子製紙労働組合員岩村重雄、新田義雄外約三十名の者に対し「こいつらに洗濯デモをかけろ」と命じ、ここに同人等と意思相通じ、共謀の上、岩村重雄等約三十名は、右三名を取囲み、互にスクラムを組み、身体を密着させ、喚声を挙げてその周囲を回転し、その間、右三名に対し前後左右から体当り肩突き足蹴り等の暴行を加え、よつて、中島清忠に対し全治十日間を要する右上腕および両下腿挫傷を、佐渡政利に対し全治十日間を要する右胸部挫傷を負わせ、島田繁雄に対し多数の者が共同して暴行を加えたものである、というのであるから、右事実は明かに前文記載の犯罪を構成し、かつ現場目撃者、被害者等の供述調書その他の関係資料によれば、被疑者が右犯罪を犯したことを疑うに足る相当な理由があると認められる。したがつて、本件勾留の裁判は罪とならない事実を被疑事実としてなされたものであるという弁護人等の主張は採用できない。

弁護人等は、さらに、本件事案は明白で、すでに捜査の大綱は完了しているから、被疑者が罪証隠滅を企てることはあり得ず、また不可能であると主張するけれども、本件はそれぞれ多衆を擁して相対立する二つの労働組合を背景として発生した事件であつて、関係者多数しかもいずれも昂奮中の所為であるので、事案の真相を明かにすることは極めて困難であることは、経験上予想されるところである。しかるに、被疑者の逮捕当時、警察において直接取調べを了した者は十数人の参考人の外、被害者三名と被疑者と共犯と目された岩村重雄外六名が主なるものであつて、被疑者自身は、捜査官の数度の任意出頭の要請に、ついに応ずるところがなかつた。これらの資料をもつてしては、被疑者に前示犯罪を犯したと疑うに足る相当の理由あることは認められるが、いまだ事件の全ぼうを明かにすることはできない。したがつて、なお捜査を尽す必要があるものといわなければならない。のみならず被疑者はいわゆるこのたびの王子製紙の争議における第一労働組合の指導者であつて、本件関係者の大半を占める同組合員に対して有する影響力および逮捕以前の捜査当局に対する態度等、その他関係資料を綜合して考えると、被疑者が、右争議における労働者の権利擁護上重要な立場にあることは了解しうるところではあるけれども、本件の被疑者としては、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由と、なお勾留の必要あることを認めるに十分である。したがつて、本件勾留の裁判は、勾留の理由ならびに必要なくしてなされたものであるとの弁護人等の主張は理由がない。

次に、弁護人等は本件勾留の裁判は、憲法第三十一条に規定する正当な法定手続の保障に違反するものであると主張しているので判断するに、前記のように、本件勾留の裁判は犯罪を構成する被疑事実に基き勾留すべき理由と必要があるものと認めてなされたものであつて、なんら違法なものではなく、その他関係資料を精査しても、本件勾留の裁判について法定の手続に違反したと認められる点は見出しえないから、弁護人等の右憲法違反の主張もまた理由がない。

よつて、本件勾留の裁判にはなんらの違法もなく、これを失当としてその取消を求める本件準抗告申立は理由がないから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤竹三郎 田宮重男 岡本健)

準抗告申立書

(被疑者氏名略)

右の者に対する傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反教唆被疑事件について札幌地方裁判所裁判官岡田潤が為した勾留の裁判は不服であるからこの裁判の取消を求めるものである。

(弁護人氏名略)

札幌地方裁判所

刑事部御中

申立の趣旨

弁護人等は次のような裁判を求めるものである。

右被疑者に対して裁判官岡田潤が為した勾留の裁判を取消し検察官の勾留請求を却下する。

申立の理由

第一、原裁判は次に述べる通り何等被疑者を勾留する理由が無いにも拘らず勾留の裁判を為した。従つて原裁判は即刻取消さるべきものである。

一、被疑者が逃亡する虞れは絶対にない

被疑者は全国紙パルプ産業労働組合(以下紙パ労連と云う)の副執行委員長として紙パ労連に加盟する王子製紙労働組合の五十余日に渉る争議の指導者として同組合苫小牧支部に居所を置き組合の活動を行つている者である。ちなみに王子製紙労働組合の争議はその端を組合組織の壊滅を狙う労働協約改訂、労働強化を齎す十二日間連続操業の反対、賃上げ、退職金、結婚祝金の増額要求に発している。会社は協約改訂案を組合につきつけて同意しなければ無協約も止むを得ないという強硬な態度で団体交渉も不当労働行為の批難を避けるためだけの形式的意味合いで二、三回持つたに過ぎない。

被疑者は七月十八日以降の長期無期限ストという重大な事態の中で上記組合苫小牧支部の共同闘争委員会の責任者として争議解決に努力を傾けてきた。

このように被疑者は争議解決の為欠くべからざる組織の責任者である。居所は組合苫小牧支部事務所内に定めてあり組合員に対しても市民に対してもその地位は明らかである。又被疑者に於いて逃亡を企てる等ということは到底考え得ない。警察員の呼出しに応じなかつた事実は無く緊迫した事態の処理のため応じ得なかつただけのことである。

これだけの全国的視聴を集めている大争議の責任者が現時のような事態の中で出頭が困難なことは経験上明らかである。被疑者はそのことを明らかにし事態が一応収まつたところで取調べに応ずる旨捜査官に明示して置いた。従つて出頭し得なかつたことは逃亡の虞れと何等繋りの無い事柄である。

二、被疑者には証拠隠滅の虞れも毛頭存しない。

被疑事実に拠ると、被疑者は昭和三十三年八月十四日強力なデモを指示した。これは暴行傷害の教唆だということである。しかしながら被疑者が動きの激しくなつたデモ行進を止めるよう説得したことはあつても強力なデモ行進を指示した事実は無い。まして暴行傷害を教唆する等ということは無い。衆人の面前で被疑者の指揮が行われているのであるから、この事実は大衆の前に明らかである。

組合を裏切つた脱落者が如何に事実を捏造しようともこのことは明瞭である。現に現場に居つた組合員は捜査官に対して左様に供述しておるのである。ともあれ当時の情況は多数の目撃者が居て宣伝車上の被疑者の指揮を現認しているのであるから、これらの者の供述によつて事実は判つきりと確認できるのである。

弁護人は被疑者逮捕後苫小牧警察署長三浦氏に会つて捜査の進行状況等を尋ねた際署長は「呼出しに応じなかつたのが逮捕した理由である。既に十数人の参考人及び八人の実行行為者(正犯)更に被害者三名の取調べは全部完了している」旨述べておつたが、右参考人は組合に敵意を抱いている者等が大半であることは暫く措き、ともかく被疑者逮捕時までには捜査の大綱が完了していたのである。又、弁護人が被疑者に接見した際被疑者は「被疑事実記載の日時場所は間違いない。車上に居つたことも認める。しかしデモ行進に対して警笛を吹いて止めるよう説得をしたもので唆かした事実はないと述べて居た。

従つて以上の各点を考えるとき今後の捜査は被疑者を勾留して自白を強制するということだけが目的であると云わざるを得ない。事実は衆人の前に明らかであり捜査は大綱を完了して居り、しかも逮捕は出頭に応じなかつたということだけが理由であるから被疑者に於て罪証隠滅を企てることは在り得ないし、そもそも不可能である。

第二、原裁判は何等勾留の必要なくして被疑者を勾留したものであるから直ちに取消さるべきである。

被疑者の所為が仮りに問題になるとしても上記の通り大衆の環視の中でしかも車の上での行為であるから目撃者は多衆に及んでいる。従つて捜査が既に十数人の参考人、実行行為者八名被害者三名について終了している段階に在つては事案は明白である。だからこそ逮捕の理由も出頭拒否ということであつた。こうなると、なお勾留することは自白を強要するだけの意味しか有しないということは明らかである。のみならず当初に述べたように被疑者は争議解決の為努力を重ねて来た組織の責任者の地位にある。争議が最終段階に近づいて来たことは公知の事実である。勾留は争議に対して重大な影響を与えていること明らかであろう。(なお準抗告の裁判は続審的構造をとつて居るので今日まで勾留され取調べを受けた事実も判断の基礎にさるべきである。)

第三、原裁判は憲法第三十一条に違反する。

被疑事実の要旨は、被疑者に於て昭和三十三年八月十四日強力なデモ行進を指示したということで暴行傷害の教唆犯ということである。教唆犯と云うのは云うまでもなく特定の犯罪行為についてその意思なきものを唆かし、その結果その者が犯罪の実行行為に及ぶということが要件である。そうすると被疑者が仮りにデモ行進を指示したとしてもそのことはデモ行進中に惹起された暴行を教唆し傷害を教唆したことは結びつかないのである。そのことは被疑事実の要旨を一見して明らかである。

従つて原裁判は憲法第三十一条の正当な法定手続の保障に違反するものと云わざるを得ない。 以上

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